ハバゥの乱文
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絵とそれにまつわる技術、その進路と退路
先日山形を訪れた際に、幾人かの友人と描画技術や現代芸術、古典美術、そのシンパの有り様について少し話をした。
幾日か経って、何となく思った事を記述しておく。
断言している箇所もあるが、あくまでも私個人の実感であって、美学や芸術学的関知からのアプローチでは全く無い事を先に記述しておく。

まず、人間が目に見える世界とそれ以外を意識的に描画するにあたり、
『形状とその陰影』を『描画する個人専用の理解方法(画家の多くはこれを《どう見えるか》と表現する)』で、有意無意に限らず記憶化し蓄積する。
これらの蓄積こそが描画力そのものであって、デッサンや枚数をこなすと言った『トレーニング』は、言うなれば宗教が信仰心を確固たる物にすべく用いるイニシエーションとあまり変わらない。

これらの『どう見えるか』という観念を、意識という物理的には何も無い空間で、経験則的にシュミレーションし、
どう見えるかを『どう見せるか』に迄落とし込む作業が『描画の本性』だと思う。

ここで手法が問題になってくる。
余程の事が無い限り、筆にしろカメラにしろ土にしろ、何も考えなくても無意の物を有意であるように見せる事は、可能であろう。
つまり、誰でも意図せず作り上げる事のできる物に、如何に意を込めるかが、手法の取捨選択を促進させる。
では、一体その作られた物の何処に価値があるのか。
ここで大手を振って出てくるのが『作品論と作家論』である。

と、書いているが、長くなりそうなので一旦休止。
続きは書く。

今はまず、僕は、
昨日無くした自身の財布とそれらに関連したアイテムの今後について考える事にする。
無くした財布の中に、金こそ入ってなかったが、免許証とかクレジットカードなど諸々の、停止手続きなんかを朝一でせにゃならん…
現実逃避は後でする事にする。
つか、後でする(笑)
めんどくせぇ(笑)
実家の何処かで無くした気もするんだけどなぁ(笑)
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by movesatnight | 2005-12-15 04:17 | 雑文系
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